2021年10月13日夕方、愛媛県新居浜市の住宅地で事件は発生した。

民家に住む3人が次々と刺され殺害されたのだ。駆け付けた警察官が、現場でナイフを所持していた男を、銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕した。
(本編は、前編・中編・後編のうち、後編です)

新居浜警察署(2021年11月)

河野智容疑者(53) ※呼称と年齢は当時。

犯行の現場となったのは、知人宅だった。この家に住む、知人の岩田健一さん(当時51)と、同居していた父親の友義さん(当時80)、そして母親のアイ子さん(当時80)の胸などをナイフで突き刺し殺害した。

被害者の岩田健一さんと河野被告が知り合ったのは約20年前。同じ職場で働いていたことがきっかけだった。当時、2人の間に目立ったトラブルは無かったが、事件が発生する4年ほど前から、その関係性に異変が生じ始める。

「2017年ごろ、ネット掲示板への書き込みなどがきっかけとなり、妄想型統合失調症を患うようになった。被害者の一人、岩田健一さんが、自身に対する電磁波攻撃に関与していると考え、責めるようになった」(検察側の冒頭陳述)

「4つの要素」揃った時 それは誰にでも起こり得る

長年、送電線の鉄塔工事や造船所での作業などに従事してきたという河野被告。裁判の証人に立った元同僚は「勤務態度は真面目だった」と述べていた。

そんな河野被告を社会から孤立させ、凶行に駆り立てるきっかけとなった「妄想型統合失調症」とは一体どういったものなのだろう。

過去、精神鑑定医などを勤めた経験も持つ精神分野の専門医が、既に精神鑑定が実施された上で一審判決が言い渡されていること、河野被告が控訴していることなどから、匿名を条件に「あくまで一般論である」ことを条件として、インタビューに応じてくれた。

「そもそも精神鑑定というのはまだまだ解明されていない分野で、判断が難しい。鑑定医の立場によっても判断は異なってしまう部分もある。本当に一概には言えないくらい、判断は難しい」

そう前置きをした上で、こう続けた。

「妄想型統合失調症ということでしたね。幻覚や妄想といったもの、これは誰にでも起こり得るもの。『4つの要素』というものがある。過去に名古屋大学が行った実験によると、不安、不眠、過労、孤立。これらが揃ったとき、誰にでも起こり得る」

その一方で、と話を続ける。

「幻覚や妄想が出たからといって、一概に統合失調症であるとは言い切れない。本人が持ち合わせている『性格』によるところも大きいのだ」

勤務態度は真面目だったという河野被告。それまでは順調に回っていた歯車が、何らかの拍子にずれてしまったのだろうか。

また、我々が、何らかの拍子に「妄想型統合失調症」を発症してしまう可能性はあるのだろうか。

「十分にありえる。普通に生活のできる『普通にいい人』であっても『4つの要素』が揃った時、何かのスイッチが入ってしまうことは考えられる」

複数回の相談…防ぐことはできなかったのか

「ただ、仮に発症してしまった場合であっても、本人はそのことになかなか気付くことができない。基本的に自覚が無いのだ」
「他人が、家族や身近な人が、異変に気付き、専門医のいる病院へ連れていった場合にようやく診断できて、発症していることに気付くことができるといったケースがほとんど」

事件発生前、警察に対して何度も「電磁波攻撃」の被害について相談をしていたという河野被告。警察からの連絡を受けた保健所に対しても、同様の訴えを複数回行っていたという。身近な人が、差し迫った状態だとは思わなかったとしても、せめて、警察や行政機関が異変に気付き、あるいは危険性を予見し、ケアをすることはできなかったのだろうか。

例えば「措置入院」という制度がある。精神的な障がいにより、自傷他害のおそれがある場合、本人や家族の意思に関わりなく、都道府県知事の権限で行われる、いわば強制的な入院のことで、その多くは、警察官からの通報を端緒として行われる。言い換えるならば、警察官は保健所などを通じて都道府県知事に通報する義務が発生する。その後は、必要に応じて精神保健指定医による診察が行われ、2人以上の医師の判断が一致した場合、強制的に措置入院となる。

ただ国の統計によると、措置入院に至る割合は地域ごとに大きく異なっているのが現状だという。

「措置入院」と「人権」 強力な対応の難しさ

「保健所としても、本人に病識が無いと、及び腰になる傾向はある。しかし、もちろんそんなことでは措置入院という制度が正常に機能しなくなってしまうことに繋がってしまうのだが」
「人権に直接関わる強力な行政措置なので、手続きには公正さや厳格さが不可欠なのだが…」

そして医師は、こう付け加えた。

「これもまた一般論という事になるが、妄想型統合失調症を発症する人は、どちらかというと『いい人』が多い。つまり、だまされやすい人の場合が多い。ただ怖いのは、その『真面目さ』が裏目に出てしまうこと、そして幻覚や妄想が出てしまった時の行動だ」

几帳面な印象受ける整った文字

一審の判決が下されて間もなく、記者は河野被告に手紙を出した。裁判で謝罪が無かったこと、「電磁波攻撃」について確認しておきたいことがあったからだ。

するとほどなくして、河野被告から返事があった。几帳面な印象を受ける、整った文字だった。(河野被告から届いた手紙)

河野被告が書いた手紙

(手紙より)
5年間のあれだけの出来事が認められず、頭がおかしくて、悪くもない健一を殺したという結果に不服としています。
この電磁波攻撃、集団ストーカーを認めてもらうため、今回の判決を不服とし、控訴を申請しました。もう一度戦おうと思います。
鑑定をはずし、責任能力ありという事で、死刑覚悟で臨みましたが、結果は妄想とされました。
もう一度、精神鑑定からやり直して欲しい。

主張にぶれは無かった。そして記者の質問に答えてくれた。

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