テレビの選挙報道は視聴者の期待に応えられていないのではないか?テレビはSNSに「負けて」いるのではないか。ジャーナリストで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏が緻密なデータ検証に基づき論考する。
2024年は選挙が変わった年だった!
「2024年は日本の選挙のありようを大きく変える年になった——」
4月の衆院選補欠選挙、7月の都知事選、10月の衆議院議員選挙、さらに兵庫県議会での全会一致の不信任決議を受けての知事失職にともなって実施された11月の出直し知事選挙。そこで有権者が示したのは新聞やテレビなど「既存メディア」への強い不信。そしてSNSへの依存と信頼だった。政治にかかわる多くの関係者や識者や研究者やメディアの関係者が少なからず衝撃を受け、選挙でのSNSの影響力の大きさを認めざるをえなかった。
とりわけ兵庫県知事選では、斎藤元彦知事のパワハラ疑惑とおねだり疑惑。それを内部告発した元幹部職員に対する“犯人探し”の是非をめぐってテレビや新聞で連日大々的に報道していたにも関わらず、選挙の時期が近づくと公職選挙法や(特にテレビやラジオの放送局は)放送法を意識して、「公平」「中立」を意識するあまり、ニュースなどの報道は型どおりのパターンになってしまう。
なぜ斎藤氏が失職することになったのか。その背景について以前ほど報じられなくなって、各候補をほぼ均一に扱うお決まりの機械的な報道になってしまった。各候補を横並びで扱うことになってしまった。
それが有権者にとっては、候補者について一番情報を知りたい選挙期間中に情報が「届かない状態」になった。テレビなどの主要メディアは本当に重大な情報を有権者に対して隠している。そんな疑惑の声がSNS上で広がった。
マスコミは“真実”を意図的に隠している。それを伝えているのはSNSだという陰謀論が広がり、「既存メディア不信」とむしろ「SNSを信頼する」という声が選挙のたびに大きくなって投票行動にも影響を与えた。
なかでも選挙の公示(あるいは告示)の後から投票前日までの「選挙期間中」はテレビなどのメディアが上記のお決まりの定型的な報道ばかりやって、しかも時間を十分にとらない。各候補を一律に紹介しようとする。そのことで有権者がほしい情報が届かない「空白」が生じた。
それが既存メディアも想定していなかった“石丸現象”や“斎藤知事返り咲き”などにつながったと見る識者は朝日新聞にこうした談話を発表した日本大学危機管理学部の西田亮介教授など少なくはない。
実際に時間の制約が少ないSNSと連動する配信コンテンツの方が候補者らの主張をたっぷりと見ることができて、SNS(YouTubeなどの動画メディアも含む)の方が信頼できると評価し、そちらを利用して投票を決めたという人が増えているのが現状だろう。
SNSは時にフェイク情報や個人への誹謗中傷を含む場合があるとしても新聞やテレビよりも柔軟に、楽しく、見やすいスタイルで大量に情報発信している。本当にテレビはSNSに負けてしまったのだろうか。
本原稿では2024年の衆議院議員選挙について首都圏で放送された地上波テレビの選挙報道についてふり返りながら、テレビの選挙報道には何が足りないのか。現状がどうなっているのかを検証していきたい。
参照したのは地上波テレビの番組やCMの放送内容と放送時間などをデータ化している株式会社エム・データから提供を受けた「TVメタデータ」である。同社から提供されたデータを筆者なりにアレンジし直して分析したのが以下の論考である。
選挙期間中のテレビ報道の“量”
岸田前総理の退陣表明を受けた自民党の総裁選で新しく総裁になった石破茂総理の手による解散総選挙。選挙の結果として自民党は第一党の座をかろうじて維持したものの議席を50以上も失い、2012年の衆院選以降維持してきた単独過半数も割り込んだ。連立与党の公明党を加えても過半数を下回る惨敗となった。一方で野党第一党の立憲民主党が議席を50増やしたほか、野党第三党の国民民主党も議席を4倍増させた。
この結果にテレビの報道はどの程度、影響を与えたのだろうか。2024年の衆議院選挙のテレビ報道の放送時間はどのくらいの量だったのだろうか。
筆者はエム・データの集計に基づいて10月15日(火)の公示日以降で10月27日の投開票日の前日までの選挙運動が許される「選挙期間中」(12日間)と、10月3日から公示日前日までの12日間の「選挙期間前」と、「投開票日以降」の11月8日までの12日間の3つの期間にわけて、それぞれ衆議院議員選挙に関連する番組をキーワードで検出して放送時間の比較を実施した。
テレビ番組の種類は「ニュース番組および報道番組」を一つの番組ジャンルにし、「情報番組とワイドショー」をもう一つの番組ジャンルとして集計した。政治ネタを元にスタジオでタレントらがトークするバラエティ番組も後者にまとめて、時期別の放送時間をグラフ化したのが【図表1】である。
筆者は2012年の衆議院選挙以降、テレビの選挙報道について国政選挙などのたびに分析をしている。その経験でいえば、「盛り上がる」選挙になると「情報/ワイドショー」が「ニュース/報道」以上に放送時間が長くなる傾向があると言える。
「情報/ワイドショー」番組は視聴率を重視する制作姿勢が顕著で視聴者の関心がここに集まっているとなると、集中的に同じテーマを放送する傾向がある。だが、今回の2024衆院選では【図表1】で明らかなように「ニュース/報道」番組の方が「情報/ワイドショー」番組よりも圧倒的に放送時間が長い。それだけテレビ局にとっては「盛り上がりに欠けた」選挙だったといえる。
「選挙期間中」に注目すると放送時間の合計は44時間あまり。しかし「投開票日以降」にはこの傾向が続くものの「ニュース/報道」番組の放送が増えていることは注目に値する。投開票の結果に示された争点をめぐる“民意”が選挙の後になって、引き続き、テレビ番組のトピックになっていることを示している。
次に【図表2】を参照してほしい。衆議院議員選挙の公示日翌日のテレビ報道の放送時間を直近7回の衆院選で比較したデータだ。これで見ると、2005年と2017年が突出して高いことがわかる。
2005年が当時の小泉純一郎総理が郵政民営化をめぐって解散を断行した「郵政解散」の総選挙。反対派の候補のところに小泉総裁がわざわざ「刺客候補」を送り込むなど話題になった劇場型選挙だった。2017年は小池百合子・東京都知事が新党「希望の党」を立ち上げ、候補を「選別」「排除」すると発言して話題になった。こちらも劇場型選挙の典型といえる衆院選だった。
劇場型になるとテレビも「情報/ワイドショー」も含めて熱心に報道する。このため、放送時間は長くなる傾向がある。だが、そうした劇場型の衆院選を除けば、選挙の放送時間は4時間台を推移していることがわかる。2024年衆院選のように与党党首の交代で総理が替わっただけという選挙では劇場型にはなりようもなく、盛り上がりを欠いた選挙になってしまい、テレビの側も報道する熱量は低かった。
テレビが「争点」にしていたものは?政治改革・裏金問題は?
2024衆院選で各テレビ番組が「争点」として扱っていたものは何だったのかを見てみよう。エム・データがキーワードごとにまとめて検索したものが【図表3】である。
グラフのオレンジ色で示した「選挙期間中」では「争点1」つまり、物価高や“年収の壁”など経済対策が最も長い9時間12分24秒になっている。続いて8時間9分40秒放送したのが「争点2」の政治改革や裏金問題。「争点4」の外交や安全保障が5時間45分22秒。「争点3」の人口減少や少子化対策などが4時間37分39秒などと続く。
このうち、「争点2」の政治改革、裏金問題について見てみると、「選挙期間前」でも15時間あまり報道されている。選挙期間前からテレビが最も長く放送していた争点であることがわかる。「選挙期間中」には8時間9分あまりの放送。
選挙終盤の10月23日になってさらにトピックが加わった。この日、初めてテレビで報道されたのが“2000万円支給問題”。自民党本部はいわゆる“裏金候補”に対しては公認しないことを決めたが、そうした候補が支部長を務める党支部に対して公示後に2000万円を支給していたことが判明した。共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」の特報だった。
これでは党本部が非公認にした意味がないではないかという批判が強まり、石破茂総裁が釈明してそれがテレビでもニュースなどで報道された。当日の夕方ニュース番組では伝えなかったテレ朝、フジテレビのように23日中には問題を一切報道せず、24日になって報じ出した局もあった。
【図表4】はこの2000万円問題の報道時間を集計したものだ。「選挙期間」中で2時間18分3秒になった。「選挙期間中」における政治改革、裏金問題の放送時間の4分の1以上が2000万円支給問題で占められていることがわかる。それだけ大きなインパクトを与えたといえる。
この2000万円問題が自民党や与党全体の過半数割れにつながる要因になったことはテレビ報道の量からも明らかだ。
【図表4】では「投開票日以降」の12日間でも“2000万円支給問題”で8時間近い放送が行われていることがわかる。選挙の後でも引き続き、この問題がテレビ報道の主なトピックになっている。
争点その2・物価高対策・“年収の壁”問題など
【図表3】で「選挙期間中」にもっともテレビ報道が争点として放送しているのが「物価高」「年収の壁」「経済対策」などの「争点1」だ。最長の9時間12分を超えている。選挙期間中にこのテーマに集中して支持を訴えてSNSも駆使して結果的に議席数を4倍に増やしたのが玉木雄一郎代表(党代表の役職停止中)の率いる国民民主党だ。
【図表5】で自民党の石破茂総裁、立憲民主党の野田佳彦代表、国民民主党の玉木代表の3者で「選挙期間前」「選挙期間中」「投開票日以後」の12日間で比較してみると、「投開票日以後」で玉木氏の放送時間が野党第一党の立憲民主党の野田代表に迫る長さであることが注目に値する。
通常は各党首のテレビ報道における登場時間は、与党第一党の党首(通常は総理)が最長で、次に野党第一党の党首となるのが選挙報道ではお決まりのパターンだ。野党第三党である国民民主党の玉木氏が「投開票日以後」に立憲民主党の野田代表に迫る放送時間を記録しているのは異例ともいえる状況だ。
選挙の後で、過半数割れした与党側が個々の野党に対して争点ごとに協力をあおぐかたちで国会運営を進めざるを得なくなった。そうした中で、「争点1」で「103万円の壁」の撤廃を主張して有権者の支持を集めた玉木代表が選挙後に壁撤廃をめぐって自民党や立憲主民党などと交渉する様子がニュースの中でもたびたび報じられるようになり、テレビ報道でも露出が増えていた。
少数与党に転落した自民党としては法案や予算案を通すのに野党の一部の賛成を取り付ける必要がある。このため衆院選後の政策のキャスティングボートを国民民主党が握った格好になっている。玉木氏が選挙期間中から主張していた「103万円の壁」の撤廃が与党との協議で実現する方向へと進んでいる。玉木氏の放送時間の急増はそうした表れと分析することができる。
そのほかのトピックで見てみると、【図表3】を見る限り、「選挙期間中」には、日本という国にとって喫緊の課題である「争点3」(少子化対策)、「争点5」(地方創生・防災対策)、「争点6」(選択的夫婦別姓)、「争点7」(原発回帰など)、「争点8」(憲法改正)などにテレビ報道が十分に時間をかけているとは必ずしも言い難い。
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