生と死をテーマとした作品で知られ、9月に悪性脳腫瘍のため亡くなったノンフィクション作家の佐々涼子さんを偲ぶ朗読会が15日、佐々さんと親交があった岩手県釜石市の書店で開かれました。
読会を開いたのは岩手県釜石市の桑畑書店の店主、桑畑眞一さん(71)です。
会場は東日本大震災で被災した人々が暮らす災害公営住宅のビルの1階にある、広さ15坪ほどの書店の店内です。
会には遠く東京や茨城からも愛読者が駆け付けました。
店内には笑顔の佐々さんの写真が飾られ、釜石で劇団を主宰する小笠原景子さんが佐々さんの遺作となったエッセイ&ルポルタージュ集『夜明けを待つ』を朗読しました。
桑畑さんと佐々さんの出会いは、東日本大震災から5年が経った2016年春に遡ります。
震災前、市内で最大規模と言われた桑畑書店は津波で被災し店と5万冊の本を失いました。
店主の桑畑さんは、泥の中から拾い上げた顧客名簿を頼りに自転車で本を配達する日々。
東日本大震災で被災した製紙会社の復興を描いた『紙つなげ!彼らが本の紙を作っている』を上梓したばかりの佐々さんは、移動図書館で被災地を支援していた友人の鎌倉幸子さんと被災地を巡っていました。
その途中に、プレハブ仮設で営業を続けていた桑畑書店を訪れたのです。
(桑畑眞一さん)
「名前は存じていましたが作品は読んだことが無かったやわらかい話し方をされる人だなという印象だった。震災を題材にした照井翠さんの俳句集にものすごく興味を示されたのを覚えています」
被災の苦難の中にあっても「本を待っている人のために」と奮闘する桑畑さんの姿に佐々さんは心を動かされます。
『夜明けを待つ』の中に桑畑さんへの思いが綴られています。
「桑畑書店が私の本を売ってくれている(略)そこで桑畑さんが頑張っている姿を見て、私も頑張らねばと奮い立ったのである(略)書かなきゃと思う。面白いものを、人が手に汗握るものを、夢中になって時を忘れるものを。あの店に置いてもらうために頑張らねば」
それからSNSを通じてお互いの近況や思いを語り合う交流がはじまりました。
2019年秋には台風で桑畑書店が浸水被害にあったことを知った佐々さんが「片付けの手伝いに来ました」と連絡なしに突然訪れたことも。
(桑畑眞一さん)
「びっくりしましたよ。片付けはもう終わったと話したら、『せっかく来たから』と本をたくさん買ってくださいました」
毎年秋になると桑畑さんは釜石特産の『甲子柿』を送り、神奈川生まれの佐々さんは釜石を「第二の故郷」と話すほどに釜石との縁が強くなっていました。
2020年に上梓した「エンド・オブ・ライフ」は「YAHOO!ニュース本屋大賞ノンフィクション大賞」に輝き、翌年、桑畑さんは佐々さんを釜石に招いてトークショーを開きました。
続く作品「ボーダー移民と難民」の出版を記念するイベントも釜石で開こうと計画し、ポスターも出来上がった矢先、桑畑さんのもとに佐々さんから一通のメールが届きました。
「釜石に行くことはできません。脳腫瘍になってしまいました」
2022年11月、佐々さんは悪性脳腫瘍と診断されます。
(桑畑眞一さん)
「まさかという思い、ショックでした」
2023年10月、病をおして第二の故郷・釜石を訪れて開かれたトークイベントが佐々さんとの最後の出会いになりました。
9月1日、佐々さんは帰らぬ人となりました。
享年56歳でした。
(桑畑眞一さん)
「2016年に出会ってすぐに『エンジェルフライト国際霊柩送還士』と『紙つなげ!彼らが本の紙を作っている』を一気に読みました。徹底的な取材力と推こうを重ねた末に編みだされた言葉に引き込まれました『夜明けを待つ』もすごくいい本多くの人に読んでもらいたい」
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