2019年に東京・池袋で起きた87歳男性がおこした母子死亡事故をきっかけに、高齢ドライバーによる交通事故が社会問題化する中、運転免許証の自主返納とその後の生活をサポートする会社を立ち上げた女性がいる。

多くの高齢者やその家族と話をする中で感じるのは、「高齢ドライバーといっても生活は十人十色。押しつけても解決にはつながらない」ということ。

自治体や企業と連携し、返納後も安心して暮らせる社会を模索したい、と話す。

高齢者の不安は返納後の生活

福岡市に住む山内紗衣さん(35)。今年8月、高齢者の免許返納をサポートする会社を立ち上げた。免許返納を考える高齢者やその家族の相談に応じ、返納手続きや車の売却だけでなく、車なきあとの生活支援も行う。高齢者の多くが免許返納後の生活に大きな不安を抱いているからだ。


セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「高齢ドライバーの方にお話を伺うと、皆さん、車がなくなることへの不安を口にされます。タクシーがある、と言っても、『タクシーは高い』。皆さん本当は、全体の維持費も含めるとタクシーの方が安い、ということも十分に分かっているのだけれど、漠然と今あるものがなくなる不安、生活が変わる不安がある。『車をとったらどうなるか、あなたにはわからんでしょう』と言われる方もいらっしゃいました。」

子は「どう説得していいか分からない」

高齢者に話を聞いていくと実は、積極的に『返納したい』と思っている人は少ないことが分かった。山内さんは当初、高齢者に支援をアプローチしていたが、今は、主に高齢の親をもつ娘や息子からの相談がメインになっているという。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「親に免許を返納してほしいけど、話を聞いてくれない」「電話を切られた」「どう説得していいか分からない」という声が多い。

最近、山内さんの元に届いたのは、50代女性からのメール。90歳になる女性の父親は農作業をしていて、自ら車を運転して畑まで行っている。ところがある日、女性は、父の運転する車が一歩間違えば大事故になってしまうかもしれない状況を目撃した。免許の返納を促したが、本人は「大丈夫」といってきかない。どうしたものか、という相談だった。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「返納後も生活が変わらないように、まずは、畑に行けなくなる状況を解決しないとだめなので、そこを解決する方法はありますか、とお尋ねしました。そしたら『農協の人が代わる代わるサポートして畑まで連れて言ってくれることになりました』と。しかし本人はそれでも返納は嫌だ、と言っている。なので、事故を起こすと娘の私たちが悲しむ、お孫さんがいるならお孫さんが悲しむ、お孫さんから話してもらうのもいいですよ、とお伝えしました。『おじいちゃんと会えなくなるのは悲しいし、けがするのはいやだから』と、どれだけ大切に思っているか伝えてください、と。一番言ってはいけないことは、『高齢になったんだから』とか『認知症が』とか否定的な言葉だと思います」

山内さんによると、90歳の男性は家族の説得に応じ、まもなく免許を返納することになったという。

起業や自治体と連携し利益出すしくみ

山内さんの会社ではこうした相談については無料で応じている。

利益は、返納後の車の売却や、グリーンコープ生協や自治体、企業のサービスと連携し、免許返納の最大の課題である”交通手段と買い物問題”の課題解決に取り組む際に、手数料や企業からの紹介料でうみだすしくみだ。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「免許返納をされた方が一番喜ばれる自治体の特典は、タクシー券なんです。ある自治体はタクシー券を1回だけ配布しているのですが、担当者の方がおっしゃるのは、それがすごく喜ばれるけれども『1回じゃ足りない、毎月ほしい』っていう声が多く届いていて、喜んでもらえるのは分かっているけど、でもそれができない。使える予算は限られているからできないんです、と。そこを、私たちの会社が企業とタイアップしたりしてどうにかこうにかかき集めたら毎月タクシー券を配布できるかもしれないし、自治体単体ではできないことも一緒にできるかもしれない。企業はすぐに手がとりあえるというメリットがあると思っているので、『それいいですね、うちも困っています。うちも助けたいです』ってできるから。そういう意味で壁はなくせるかなと思いました。」

管理栄養士としての経験

とはいえ、すべての高齢者に画一化した支援サービスをあてはめてもうまくいかない、と感じている。山内さんは大学卒業後、管理栄養士として熊本県内の病院に勤務。食べる力が弱くなった高齢者が口から食べられるようにするためのプロジェクトに携わった。この時の経験からだ。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「患者さんはかむ力がとても弱いので、提供するのはどろどろの食事なんです。でもどろどろだと食欲がわかない。『やわらかくても食欲わくような食事をつくってくれ』とドクターから言われて、見た目を工夫したり香りとか、形をなるべく残す、けれども舌でつぶせるくらいのやわらかさにする。圧力鍋や重曹を使ってつくりました。それでも、何が食べられるのか、人によって違うんですよ。カップラーメンばかり食べていたおばあちゃんは、病院の食事をいっさい受け付けないんですけど、カップラーメンは食べるんですよ、びっくりするぐらい。食事がとれなかったのに、先生の許可をもらってだしたら。でも毎回カップラーメンだすわけにもいかず・・・。結局、それまでどう生きてきたか。生活って十人十色あって、免許返納後の生活の課題もそれまでの生き方によっても変わってくるので、マニュアルはあっても、その人に合わせて変えていかないとうまくいかないよね、って考えています」

免許返納は減少傾向

警察庁によると、2023年末現在、運転免許証を持っている65歳以上の高齢者は1983万人あまり。全体の24%で、ドライバーの4人に1人が高齢者だ。免許を返納した65歳以上の人は、池袋での事故が起きた2019年に前年比1・4倍の60万人あまりと大きく増えた。しかしその後は徐々に減少し、2023年は約38万2900人だった。

免許返納を促すことについては、「運転する権利を奪う」との考え方もある。年齢でくぎるのではなく、運転の適性を正しく判断するしくみをつくったり、技術開発を進めることで高齢者の事故を減らすというアプローチだ。

山内さんはなぜ、起業し免許返納を後押ししようと考えたのか。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「池袋で起きた悲惨な事故のニュースをみて、なんとかできないかなとずっと思っていたんですが、子供が生まれてからより切実に思うようになりました。自分の子供がそういうふうになったら・・・と。子供が生まれて我がごとだと思うようになりました。そんな時にベビーカーで散歩していたら、高齢ドライバー運転の車にひやっとすることがあって、これってもう他人事じゃないなって」

山内さんは、子供が1歳2か月になり保育園に入ることが決まったタイミングで起業した。

起業から4か月。まだ利益を出すまでにはいたっていない。

「これなら車いらないよね」って思える社会つくりたい

そうした中12月14日、TBSテレビの番組のイベント『出張!がっちりマンデーin福岡』に出場することが決まった。志をもって立ち上げた事業が、ビジネスとして通用するか、現役の社長にプレゼンするという。

セーフライド代表 山内紗衣さん(35)
「夫の両親が、熊本の車がないと生活できないような地域に住んでいるので、免許返納の難しさもよく分かる。そういう人でも免許返納してもいいよね、これだったら車いらないよねって思えるような社会をつくりたいなと思っています」

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