2024年もあと1か月強というところですが、肌寒く感じる日も続くようになって、ようやく秋らしくなってきた印象です。
秋といえば、スポーツ、食欲、行楽など、いろいろな活動・行動に親しむことがいわれますが、その1つが「読書の秋」。最近では電子書籍のオンライン購入が手軽なので、何かで見かけて「面白そう」と思ったら直ぐサイトの購入ボタンをポチッと押すこともしばしば。
しかし、最近は仕事が忙しくて、本はおろか何かする暇もなかなか取れず、未読の本が山積み。しかし、電子書籍だから実感は無し…。
などと感じているところに、「おっ!」と思わされるタイトルの本を見つけました。三宅香帆氏の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024年、集英社新書)です。
そういわれるとそんな気もするし、なぜなのか気になりますが、そもそも「働くこと」と読書の関係は、データではどうなっているのか。そこをTBS総合嗜好調査(注1)で探ってみました。
「読書好き」は女高男低、有職者低
TBS総合嗜好調査の中の、「好きな余暇の過ごし方」をいくつでも選んでもらう質問の選択肢に「読書」があります。この選択率の、1978年から2023年にかけての推移を、まず男女別に集計してみました。
この折れ線グラフをみると、この45年間、一貫して女性のほうが男性より「読書好き」であることがわかります。
グラフの第一印象は安定推移の感じですが、80年代前半に女性で3割5分、男性で3割弱程度の選択率が、80年代後半のバブル期と最近10年間でそれぞれ減少。新型コロナウイルスが日本で確認された20年に多少揺り戻したものの、23年時点で女性2割、男性2割弱といったところ。
「働いていると本が読めなくなる」のかどうかに引きつけて、同じ「読書」選択率データを職業別でも集計してみました。
ここでは職業を、男女を含む「有職者」と「学生」、女性のみの「主婦・家事手伝い」の3つに分けています(注2)。
こちらのグラフは、最初の男女別よりも、年ごとの動きが激しい印象。学生では90年代前半や00年代、主婦・家事手伝いでは90年代後半や10年代などで、グラフがジグザグしています。
それに比べると、有職者の「読書好き」率は学生や主婦・家事手伝いよりも低めで、かつ、上下動も小幅。そして、80年代に3割程度だった割合が、45年かけて2割まで減り、全体としての減少傾向も見てとれます。
なるほど、余暇を読書に使う人の割合は、職業によっても違う傾向。
その理由は判然としませんが、時間の使い方を比較的自分の裁量で決めやすい学生や主婦などの人のほうが、その年のベストセラーや流行に関係した書籍などに手を出しやすく、読書関心の急上昇が起こりやすいのかも。
40年前とは違う「好きな書籍の種類」
一方、有職者は労働で時間拘束されているので、なかなか本が読めないのだろうか、などとボンヤリした想像も浮かびます。
そうはいっても有職者の「読書好き」は2~3割いますし、それ以外の人が一切本を読まない、というのも考えにくいところ。
では、有職者で「読書好き」を自認する人とその他の人では、読んでいるものがどれくらい違うのか。それを、TBS総合嗜好調査の「好きな書籍の種類」という質問で追いかけてみました。
具体的には、50代以下の有職者を「読書好き」と「その他」に分けて、いろいろな書籍の種類の中で好きなものをいくつでも選ぶ質問を集計し、両者の差を見てみます。
「好きな書籍の種類」も長く続いている調査項目で、直近の2023年調査では「この中にはない」も含めて選択肢は20個。選択肢数が16個だった40年前(1983年)と比較しますが、言い回しが若干変更された選択肢もあり。
40年前と直近で、「読書好き」の選択率が高い順に上位8つずつを並べたのが、次の棒グラフです。
40年前、「読書好き」の有職者が最も好んだのは「専門書」でした。「学術書ほか職業に直結したもの」と注釈があるように、それは“仕事のために読む本”であり、“仕事のために本を読むのだ”という姿勢がうかがえます。
これに続くのが、「日本の文芸作品」「人生・教養書」「日本の歴史」。まさに“大人の教養”という印象で、当時は大人が「読書好き」というなら、こうしたものを読んでいる必要があったのかも知れません。
それに符合するように、「その他」の人のそうしたジャンルの選択率は軒並み低く、唯一逆転しているのが「趣味」の本でした。
そこから40年。今の「読書好き」有職者では「マンガ・劇画」が堂々1位。そこに「実用書」「ミステリー」「料理本」と、“自分の楽しみのために読む本”が後続。
今の「その他」の人は、40年前から輪を掛けて本を読まないようで、「趣味」の本はおろか「マンガ・劇画」でさえ「読書好き」より低選択。
質問では「電子版を含む」としていますが、例えばインターネットの書籍定額サービス利用者は、それを「書籍」としてイメージしておらず、読んでいるジャンルに丸がつかなかったのかも知れません。
“自分”を大切にする、今の「読書好き」
40年前の「読書好き」有職者は、“仕事のために本を読む”感じでしたが、今の「読書好き」有職者は、“自分の楽しみのために本を読む”という印象。
では、今の「読書好き」有職者には、そうした“自分のため”や“自分らしさ”といった志向が強いのでしょうか。
それを見極めるため、さまざまな意見・行動についてあてはまるものをいくつでも選ぶ質問について、「その他」の有職者と比べてみました。
次の棒グラフに示したのは、有職者の「読書好き」と「その他」で選択率の差が大きかったものの上位5つの結果です。
これを見ると「読書好き」は「その他」よりも、「気ままな一人旅」「自分の趣味や好みにあった生活」「香りや匂いに敏感」「個人の幸福が社会の改善に先行」などを選ぶ割合が高くなっています。
これは、“自分のため”や“自分らしさ”の重視をうかがわせる読書傾向にも通じる結果といえそうです。
しかし自分優先の利己主義者ではなく、地球環境保護への目配りから、等身大で社会に関わろうとする姿勢といったものも感じられます。
両立しがたい労働と文化の間で
冒頭に紹介した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』によると、著者の三宅氏にとって読書は、他の人にとっての勉強や趣味、家族との時間などのように、人それぞれ異なる「人生に必要不可欠な『文化』」だそうです。
「生活できるお金は稼ぎたいし、文化的な生活を送りたい」のに、「今を生きる多くの人が、労働と文化の両立に困難を抱えて」いる状況。「なんで現代はこんなに労働と読書が両立しづらくなっているのか?」という、著者にとっても切実な問いの答えを求めて、同書では明治以降の労働と読書の関係を追いかけていきます。
ところで、同書では、読書が「自分の人生を豊かにしたり楽しくしたりしようとする自己啓発の感覚とも強く結びついて」いると指摘しています。
今回の分析で、40年前の「読書好き」有職者は、仕事のために本を読む様子がうかがえました。裏を返して、読書によって仕事つまり労働の成果を上げることで、自分の人生を豊かにしようとしていたと考えれば、その頃は労働と読書がかろうじて両立していたのかも知れません。
一方、昨今の「読書好き」有職者による、自分の楽しみのための読書は仕事(労働)とは両立しにくいかも知れません。
どうやれば労働と文化が両立する社会が作れるか。同書を読んで、その答えを考えてみたくなってきました。
そこで喫緊の課題は、その本を読む時間をどう捻出するかですが……。
注1:TBS総合嗜好調査は、衣食住から趣味レジャー、人物・企業から、ものの考え方や行動まで、ありとあらゆる領域の「好きなもの」を調べる質問紙調査です。TBSテレビが、東京地区(1975年以降)と阪神地区(1979年以降)で毎年10月に実施し、対象者年齢は、1975年が18~59歳、76~2004年が13~59歳、05~13年が13~69歳、14年以降は13~74歳となっています。
注2:「主婦・家事手伝い」は、職業が「主婦」または「無職・家事手伝い」、性別が「女性」の人が該当します。回答者には「無職・家事手伝い」を選んだ男性や、どれにも該当しない「その他」を選んだ人もいますが、集計には含まれていません。
引用文献:三宅香帆(2024)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社新書
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は法務・コンプライアンス方面を主務に、マーケティング局も兼任。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。
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