米国大統領選の投開票日である11月5日まで1週間を切った。勝敗を決する激戦州の支持率はトランプ氏がリードを示す一方、その差は7州中4州で1%pt以内に留まるなど(10月29日時点)、選挙戦は予断を許さない状況だ。また、今後の経済政策を占ううえでは、大統領選と同時に実施される議会選の動向も重要となる。米大統領には法案提出や予算策定の権限はなく、ハリス・トランプ両候補が提案している財政政策等は議会との協力無しには実現し得ない。このため、2025年以降の米国の経済・物価動向は大統領選のみならず、上下院選の結果にも大きく依存する。

本稿では、11月5日に実施される米大統領選及び議会選の勝敗の組み合わせを、(乱数発生による)モンテカルロ法を用いてシミュレーションした。具体的には、各種世論調査を集計した「270toWin」及び「RealClearPolitics」による情勢分析を基に、1992~2020年の8回の大統領選の年における各種選挙の相関を考慮して、シナリオ別の確率を試算した。大統領候補の人気度合いは上下院選挙の各党候補の得票率に影響を与えると考えられるため(Coattail effect或いはdown-ballot effect)、大統領選と上下院選挙の結果に一定の相関を前提とし、本シミュレーションを実施している。

トリプルレッド(トランプ氏と共和党が上下院で勝利)の確立が49.9%

まず、大統領選を巡ってはトランプ氏勝利の確率が59.4%と、ハリス氏の40.2%を上回る。勝敗を決する激戦州の支持率では7州中6州でトランプ氏が小幅にリードしており(10月29日時点)、トランプ氏が過半数の選挙人を獲得する確率が相対的に高い。一方、激戦州におけるトランプ氏のリードは1%pt未満に留まる激戦州が多く、ハリス氏の逆転の可能性も決して低いわけではない。

また、両候補の獲得選挙人が269対269で並び、過半数に至らない確率は0.4%と、非常に低い確率に留まる。なお、一般投票を踏まえた選挙人投票(12月17日実施)で過半数に達する候補がいない場合、2025年1月に招集される連邦議会において、下院議員による投票(50州の代表が1票ずつ)で大統領、上院による投票(全議員100人の投票)で副大統領がそれぞれ選出される。

次に、上院は2年おきに3分の1議席が改選される(全100議席;現有議席:民主党:51、共和党:49)。2024年における改選34議席のうち、共和党は11議席に留まる一方、民主党が23議席(民主党寄りの無所属含む)に達するなど、上院は共和党が優勢とみられている。実際、改選後における議席数のシミュレーション結果は、共和党が51議席となる確率が76.9%に達する一方、民主党が51議席を超える可能性は10.5%と大幅に少ない。なお、両党の議席数が一致する50対50の確率は12.6%であり、この場合は副大統領が投票権を持つため、大統領選勝者の所属する政党が上院の第一党となる。

最後に、下院は2年おきに全435議席(現有議席:共和党:220、民主党:212、空席:3)が改選される。各種世論調査を集計した270toWinに基づくと(10月29日時点)、ほぼ当選が確実視される議席は共和党が184と、民主党の174よりも多い。このため、共和党が過半数の218議席を獲得する確率は61.5%となる一方、民主党が過半数を獲る確率は38.5%に留まる。とはいえ、両党とも非常に少ない差での第一党となる可能性が高く、両党の議席数の差が5議席以内(両党の獲得議席が215~220議席)に留まる可能性が32.0%に達する。


こうした各選挙の動向、及び選挙間の過去の相関性を考慮すると、大統領選および議会選の結果の組み合わせは以下の通りと試算される。まず、トランプ氏勝利及び上下院で共和党が制する「トリプルレッド」の確率が49.4%と、最も実現確率が高い。一方、ハリス氏が勝利する場合、少なくとも上下院のどちらかで共和党が勝利するシナリオの確率が23.8%と、上下院も民主党が勝利する「トリプルブルー」(16.4%)よりも実現性が高い。前述のとおり、この背景には上院が圧倒的に共和党優勢であり、民主党が上院を制することが困難であることが指摘できる。

トリプルレッドで2016年トランプラリーの再来?

トランプ氏は2025年末に失効するトランプ減税延長に加えて、法人税率の引き下げ、社会保障給付に対する所得税の免除など、広範な減税策を選挙公約として掲げている。トリプルレッドとなる場合、こうした減税策の実現性が高まりやすく、2025年は減税期待を背景とした株高による資産効果、26年以降は減税の実現を通じて、個人消費を中心に米国経済の押し上げ要因となることが予想される。

とはいえ、トランプ氏の経済政策には不確実性が強く、米国経済及び金融市場の反応も振れ幅が大きい点には注意が必要だ。まず、トランプ氏はGDP比で2.1%に達する財政出動を掲げるものの(責任ある連邦予算委員会[CRPB]の試算)、その全てが実現する可能性は非常に低く、実際の減税規模には不透明感が残る。前述したようにトリプルレッドのシナリオにおいても、共和党の獲得議席は過半数を僅かに上回る水準に留まる可能性があり、この場合には減税策を含む予算審議において、(歳出削減を含む)財政再建を志向する一部の共和党議員への配慮を強いられると見込まれる。

また、トランプ氏は関税引き上げを所得減税の原資とする考えを示しており、前政権のような通商交渉の材料だけではなく、財政再建や議会運営のために関税政策を活用しようと試みるリスクがある。政権初期は米国経済への影響が限定される部分的な関税引き上げを実施する可能性が高いと考えられる一方、仮にトランプ氏の主張する一律10%関税、および対中関税60%が実現する場合、米国のGDP水準は最大-1.0%下押しされると試算される。こうしたシナリオにおいては「減税による好影響」と「輸入物価上昇を通じた物価高の悪材料」が入り混じる展開となるため、先行きの米国経済を巡る不透明感が強まる。

加えて、トランプ氏の主張する減税による消費刺激、関税引き上げによる輸入物価の上昇、移民抑制による一部セクターでの労働力不足の深刻化、これらはすべてインフレを招くリスクがある。インフレ再燃への懸念が浮上する場合、2025年以降のFRBの利下げペースはより緩やかに留まるため、利下げで期待される設備投資や住宅投資の回復が阻害される可能性がある。また、拡張的な財政政策を通じた長期金利の上昇に関しても米国株への重石となる懸念が残る。

なお、トリプルレッドの場合、選挙直後は減税期待による株高、インフレ懸念による金利高及びドル高(円安)が基本シナリオとなるものの、2016年のトランプラリーとの相違点を踏まえると、こうしたシナリオに反して株価が軟調に推移するリスクにも留意が必要だ。具体的には、①2016年大統領選におけるサプライズ的な勝利と異なり、今回は金融市場がトランプ氏勝利を一定程度織り込んでいる可能性、②トランプ減税はあくまで既存政策の延長であり、新規の大規模減税は議会構成を踏まえると実現が不透明な点、③第一次政権よりも共和党穏健派による政権への関与が少なく、関税引き上げを含む過激な政策に歯止めがかからないリスク、などが挙げられる。

ハリス氏勝利+ねじれ議会のリスク

ハリス氏勝利で議会構成がねじれる場合、価格統制を中心とした市場介入、及び法人税や金融所得課税への増税を含む税制改革は実現性が大きく低下し、経済政策は良くも悪くも大きく動かない可能性が高い。トランプ氏勝利よりもインフレ再燃への懸念が抑えられ、米国経済がファンダメンタルズに沿った動きとなる場合、当面の米国経済はFRBの利下げサイクルを通じた設備投資や住宅投資への刺激効果を通じて、堅調に推移することが見込まれる。

一方、ねじれ議会が政治の停滞感を強め、これが金融市場の火種へと波及する可能性には警戒が必要だ。まず、2025年1月1日には既存の債務上限停止が失効し、新規の国債発行による資金調達ができなくなる。これを再開するためには債務上限の引き上げ法案(或いは停止)を議会で可決する必要があるものの、ねじれ議会で党派対立が深まる場合には超党派合意の難航が予想される。実際、前回2023年の債務上限問題の際には、1月に政府債務が上限に到達、上限停止法案が議会で可決されたのは米国債のデフォルトが直前に迫った6月だった。また、2025年末に失効するトランプ減税を巡っては、トランプ氏がこの恒久化を主張する一方、ハリス氏は所得40万ドルを超える高所得層への減税策を打ち切る方針を示唆するなど、両党の主張の隔たりは大きい。両党が2026年以降のトランプ減税で妥協点を見いだせない場合、同減税が自動的に失効、GDP比1.2%分の増税が家計への重石となり景気の急減速を招くリスクがある。

日本経済への影響

トリプルレッドによる減税を背景とした米国経済の加速は、輸出拡大を通じて日本経済にもプラスの波及効果をもたらすと期待される。一方、トランプ氏が保護貿易政策を先鋭化させる場合、自動車産業を中心とした日本の輸出産業はネガティブな影響を受ける。最終的な日本経済への影響はこうしたプラスとマイナスの綱引きで決まるものの、現時点においては流動的な要素が強く、トランプ氏が勝利する場合には見通しの不確実性が非常に高いといえる。

一方、ハリス氏の場合にはねじれ議会となる可能性が高く、バイデン現政権から経済政策は大きく変わらない(変えられない)可能性が高い。よくも悪くも現状維持と考えられ、日米の経済動向はファンダメンタルズに大きく依存する。2025年の米国経済が利下げ効果に支えられながら緩やかに拡大を続ける場合、日本経済は底堅い外需、及び実質賃金の回復を通じた内需の持ち直しを背景に緩やかな成長を続けることが見込まれる。

【注釈】
具体的な算出方法は以下の通り。①1992~2020年の8回の大統領選における全米の投票傾向(50州における民主党候補と共和党候補の得票率差の中央値)と、同時に実施された州別・選挙別の得票率の相関係数を算出、②正規分布(平均0、標準偏差0.03[世論調査の一般的な誤差である±3%])を仮定し、全米の投票傾向(民主党か共和党のどちらに風が吹くか)に関する乱数を生成、③全米の投票傾向と①の相関係数を基に、州別・選挙別の投票傾向に関する乱数を生成、④大統領選の勝敗を巡って、RealClearPoliticsによる接戦州のハリス・トランプ両氏の支持率の差を用いて、「実際の得票率=事前の世論調査+③の乱数による変動」と仮定し、各州における勝敗を決定、⑤上下院選は270toWinによる情勢分析を基に、Leanの選挙区は優勢の候補が約65%の確率で勝利、Likelyは約85%の確率で勝利とそれぞれ仮定し、①の相関性も考慮したうえで各選挙区の勝敗を決定、⑥これらの結果を集計し、大統領選の勝利候補と議会における支配政党を決定、⑦上記シミュレーションを1万回繰り返したうえで、大統領選と議会選の組み合せシナリオのそれぞれの確率を算出。過去の選挙結果はMIT Election Labによるデータを使用。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 前田 和馬)

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