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<本誌独自の長期調査で、有権者が最も重視する問題が見えてきた。経済、中絶、移民、戦争、どの争点が「トランプvsハリス」の行方を左右するのか──>

ニューズウィークが積み重ねてきた世論調査によると、今回の大統領選では人工妊娠中絶の是非が移民問題を抜いて2番目に重要な争点となっている。もちろん最大の争点は経済だ。情勢は拮抗しており、最終的にはジョージア州、ミシガン州、ペンシルベニア州、アリゾナ州といった激戦州ではわずか数千票の差で勝敗が決する可能性もある。

では有権者の最大の関心事は何か。答えを探るため、本誌はレッドフィールド&ウィルトン・ストラテジーズ社に依頼して過去16カ月にわたり世論調査を実施。今度の大統領選で投票に際し、最も重視する問題を3つまで選んでもらった。


結果、繰り返し上位に挙がったのは「経済」と「中絶権」、そして「移民」の問題だった。これらの問題に関してどのような主張を打ち出すかで票の出方は変わってくる。

「これほど激しく競り合っている政治状況の下では、どちらの陣営も取りこぼしは許されない。経済も中絶権も、移民や民主主義、法の支配の問題もそうだ」。ペンシルベニア大学のケーリー・コリアネーゼ教授(政治学)は本誌にそう語った。

一貫して最大の関心事とされたのは「経済」だが、ここへきて注目されているのが「中絶権」の問題。昨年7月の第1回調査では21%だったが、直近の今年10月では38%まで増えており、過去5カ月のうち4カ月では「移民」の問題よりも多くの関心を集めていた。

ガザとウクライナで戦争が続くなか、外交・防衛政策にも14%前後の注目が集まる。

合計19回の世論調査が実施され、対象となった有権者は累計で3万4800人。その多様な回答から浮かび上がってきた5つの争点について、本誌記者が解説する。

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経済

ILLUSTRATION BY BRITT SPENCER

共和党のドナルド・トランプ支持者の4分の3以上は、アメリカ経済が間違った方向に向かっていると考えている。専門家によれば、そのせいで民主党のカマラ・ハリスは負けるかもしれない。

インフレは落ち着き、金利は下がり始めているが、10月時点の本誌の調査では、共和党寄りの有権者の79%が経済の現状に否定的だった。この数字は昨年9月時点と同じだ。一方、民主党寄りの有権者で否定的な見方はわずか23%で、昨年9月時点に比べて16ポイントも減っている。


民主党支持者では、3年前より今のほうが暮らし向きが良くなったと考える人の割合が昨年9月の33%から今年10月の43%へと増えている。

しかし共和党支持者では、バイデン政権下で以前より悪くなったと考える人が多い。昨年7月にはトランプ支持者の66%が、トランプ政権時代の20年7月よりも悪いと答えていた。ちなみに今年10月には76%で、実に10ポイントも増えている。

1980年の大統領選で民主党の現職ジミー・カーターに挑んだ共和党候補ロナルド・レーガンは国民に「あなたの暮らしは4年前より良くなったか?」と問い、勝利を手にした。

本誌の調査を担当したレッドフィールド&ウィルトンのフィリップ・バン・シェルティンガに言わせると、同じ質問をぶつけられたらハリスは苦しい。

「前回の20年大統領選はトランプに対する国民投票という意味合いが強く、僅差で『トランプ以外』派が勝利した。あれから4年たち、『トランプ以外』を経験した今、国民はトランプとトランプ以外(それがジョー・バイデンかハリスかは関係ない)を比較できる。

各種の世論調査でハリスとトランプは大接戦とされているが、レーガンの問いに関しては明確な答えが出ている。つまり、アメリカ人の多くは4年前よりも暮らしが悪くなったと感じている」

テキサス・クリスチャン大学のキース・ギャディ教授(政治学)によると、ハリスの勝利は有権者が経済の問題を現職大統領のバイデンになすりつけるか、それとも現職副大統領の彼女にも責任ありとみるかどうかに懸かっている。

「アメリカ経済は悪い方向に向かっていると感じている人たちが、その責任はバイデンにありと考えてくれるか。ハリスにとってそこが問題だ」

有権者全体を見渡すと、昨年7月の時点では47%が「3年前より暮らし向きが悪い」と答えていた。今年10月の調査では、3年前より貧乏になったと感じている人が48%。わずか1ポイントだが増えている。

一方、「良くなった」とする人は3年前と比べて28%から25%に減少し、「変わらない」は3ポイント増の27%だった。

「賃金はほぼインフレに追い付いているが、住居費や食費、交通費といった必須品目の値上がりが続いているため生活は苦しい」と、エコノミストのサム・クーンは言う。「インフレが鈍化しても、物価水準の上昇で購買力は低下を続けており、多くの人は以前の生活水準を維持できなくなっている」

──アリス・ハイアム

人工妊娠中絶

ILLUSTRATION BY BRITT SPENCER

専門家の分析や世論調査によれば、ハリスが選挙戦の争点の1つに掲げている人工妊娠中絶の権利は、ハリスと民主党に勝利を呼び込む一因になるかもしれない。

本誌の調査では、中絶問題に関しては有権者の半数以上に当たる53%が民主党の立場を支持。共和党への支持は36%だった。民主党を「強く支持する」人の割合は約33%で、昨年7月の28%から増加。共和党を「強く支持する」人は16%で、昨年7月の14%から微増にとどまる。


民主党寄りになった有権者の多くは女性だ。ハリスが大統領候補になるまで、女性の民主党支持率は51%だったが、直近の10月には55%まで増えた(ちなみに昨年7月時点では48%だった)。一方、共和党支持と答えた女性は32%で、ハリスの参戦後もほぼ変動がない。

世論調査を見る限り、中絶の権利を争点とするハリスの戦略はトランプとの接戦を制する上で有効そうだ。ミネソタ大学のポール・ゴーレン教授(政治学)によれば、ハリスのメッセージは「この夏の間に選挙への関心を高めた中絶権支持派の有権者に届いている」。

「こうした有権者が、ハリスは中絶権を支持していると知れば、当然のことながら民主党の主張は自分の意見に近いと考えるようになる。国民の過半数は、ほとんどあるいは全ての条件下で女性の中絶権を支持しているから、(この問題に関する)民主党の立場を『強く支持する』と答える人の割合が増えるのは当然だ。もともと女性ではハリス支持がトランプ支持を15%も上回っており、このジェンダー・ギャップも民主党への追い風になり得る」

フロリダ・アトランティック大学の非常勤教授クレイグ・アグラノフ(政治マーケティング)に言わせれば、中絶問題で民主党の支持率が上昇している背景には「ますます深刻化する政治的分断」がある。

「さまざまな州が中絶を制限する法律を導入するなか、中絶問題は多くの有権者にとって、政策への支持表明にとどまらず、もはや自身のアイデンティティーの問題になっている」

ブラウン大学のウェンディ・シラー教授(政治学)も、これだけの接戦だと中絶権の問題が勝敗を分ける可能性はあるとみる。

保守派で固めた連邦最高裁は22年に「ドブス対ジャクソン女性健康機構」訴訟の判決で、女性の中絶権を合衆国憲法上の権利と認定した半世紀前の「ロー対ウェード」判決を覆し、中絶を認める判断は各州に委ねるとした。

この件に関してハリスはトランプを糾弾し、自分が大統領になれば連邦レベルで中絶権を復活させる法案に署名すると公約している。

対するトランプは、保守派の判事を最高裁に送り込んで「ロー対ウェード」判決を覆させたのは自分の功績だとアピールしてきたが、この問題が共和党への逆風となってきたため、今は微妙に態度を変えている。

中絶禁止の判断は各州に委ねるとの主張は変わらないが、連邦レベルでの中絶禁止法案には拒否権を行使するとも語っている。

──ハレダ・ラーマン

移民

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ハリスは移民に関して、以前よりも強硬な姿勢を打ち出している。この問題については、民主党寄りの有権者からも深刻な懸念の声が出ているからだ。

本誌の調査で、より強硬な措置を求める人は民主党支持者の間でも直近の10月で53%。昨年7月の54%からほとんど変わっていない。一方、トランプ支持者の間では、一段の強硬策を求める人が昨年7月の79%から87%へと上昇している。


調査を担当したシェルティンガは「民主党寄りの有権者ですら現状に不満を抱く人のほうが多いのだから、民主党としても党の方針を見直すしかないだろう」と述べる。

ハリスは従来、最終的な国籍取得を視野に入れた包括的な移民改革を唱えていた。幼少期にアメリカに入国した若年移民の強制送還を猶予する措置も熱烈に支持してきた。移民家族の隔離収容やメキシコ国境沿いの壁建設など、トランプ政権時代の政策は批判してきた。

今年5月には、トランプ派議員の抵抗で否決された超党派の国境警備強化法案の復活を約束している。

バイデン政権の発足に当たって国境対策を委ねられながら、彼女が移民政策で有効な手を打てなかったのは事実。そして世論の動向もあるから、今のハリスは不法移民に対する有権者の懸念に何らかの形で応えなければならない。

各種の世論調査を見ても、移民政策に関してはハリスよりトランプを信頼する有権者が多い。そう指摘するのは、米シンクタンク「移民政策研究所」のジュリア・ジェラットだ。

「国境周辺で起きている混乱や国境に押し寄せる人の波などの写真を見たり、新たに流入してきた移民の受け入れに苦慮している主要都市の様子を目の当たりにして、世論が大きく動いている」

ジェラットによれば、今のハリスは不法移民の摘発を望む有権者の支持を獲得するために、以前より保守的な姿勢を打ち出している。

実際、ハリスは正規の入国手続き所のある場所を除いて国境を閉鎖すると約束した。そう簡単に閉鎖は解かないとも言った。不法に入国した者は国外追放し、5年間は再入国を禁じ、違反を繰り返す者には重罪を科す考えも表明している。

「国境管理強化の必要性に重点を置くことで有権者の信頼を勝ち取りたい。ハリスはそう考えているようだ」と、ジェラットは言う。

対するトランプは、自分がホワイトハウスに戻ったら「2000万」の不法移民を国外追放すると豪語している。

しかしカリフォルニア大学デービス校のブラッドフォード・ジョーンズ教授(政治学)に言わせると、国境警備の強化に関する今春の超党派提案が可決されていれば、今さら「強硬策」を講じる必要などなかったはずだ。

「国境が制御不能だという主張も、強硬策が必要だという議論も、実は今春の超党派法案に盛り込まれていた」と、ジョーンズは言う。

「しかしトランプは、この話で自分の選挙戦を盛り上げたかった。だから(今年5月の時点では)法案をつぶす必要があった。彼はうまくやったし、移民問題に焦点が当たれば自分の勝ちだと今も思っている」

──ビラル・ラーマン

ウクライナ

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ロシアとウクライナの戦争が始まってから足かけ3年、一連の世論調査からはトランプ支持者の間でウクライナ支援に対する熱意が冷めていることが見て取れる。この問題への政府の対応については民主党と共和党の主張が真っ向から対立しており、投票行動を左右する要因であることは間違いない。

ロシアの露骨な侵略が始まって以来、アメリカは一貫してウクライナに対する最大の軍事支援国だ。米議会はこれまでに5回、総額1750億ドルもの支援を承認している。


今年10月の世論調査では、回答者の16%がウクライナ支援の停止を望んでいた。8月時点の14%に比べて2ポイントの増加だ。とりわけトランプ寄りの有権者では、4分の1以上がアメリカによる支援の即時停止を望んでいる。

一方でハリスは、紛争終結に向けたいかなる交渉からもウクライナを排除してはならないと主張し、ウクライナの現政権を支持するバイデン政権の立場を継承する意向を示唆している。

対して共和党のトランプはウクライナの現政権を支持せず、戦争終結に向けた「取引」に応じないウォロディミル・ゼレンスキー大統領を批判している。

ペッパーダイン大学のダン・コールドウェル名誉教授(政治学)に言わせれば「国際紛争や戦争に対するアメリカ人の見解はさまざま」であり、「支持政党や人種、ジェンダー、民族、世代などによって大きく異なる」のが常だ。

戦争は長期化しているが、民主党支持者の多くは一貫して、ウクライナを支援すべきだと考えている。「ウクライナ勝利の日まで支援を継続すべき」だという回答は昨年7月段階で47%、直近の10月には53%だった。

逆にトランプ支持者の間では、この数字が同時期に29%から21%にまで減っている。

ジョージ・ワシントン大学のロバート・オアトゥング研究教授(国際関係論)によれば、ウクライナに関する両候補の主張は一貫している。

「ハリスはウクライナとバイデン政権の取り組みをを強く支持し、ロシアに勝たせてはいけないと確信している」が、対する「トランプと副大統領候補のJ・D・バンスはウクライナ支援に興味がないことを明確にしており、プーチンの望む条件で戦争を終わらせたい考えだ」。

直近の10月の調査では、明確にウクライナ支持を表明した人は男性で40%、女性で29%だった。

59歳以上の有権者では43%が明確にウクライナを支持していたが、もっと若いZ世代とミレニアル世代ではアメリカ政府のウクライナ支援継続を支持する人がずっと少なく、それぞれ31%と30%だった。

「ウクライナに対する態度には政治的な志向性の違いがよく表れる」と言ったのはペッパーダイン大学のコールドウェル。「その違いが、両候補の主張に明確に見て取れる」

──ブレンダン・コール

イスラエル

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パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスとの戦争を続けるイスラエルを、アメリカ政府は支持・支援し続けるべきか。この点に関して、若い世代には否定的な人がかなりいるようだ。

ハマスがイスラエルへの越境攻撃で約1200人を殺害し、少なくとも250人を人質に取ってから1年が過ぎたが、ガザ戦争に終わりは見えない。ガザの保健省によれば、パレスチナ側の犠牲者は4万2000人を超えている。


本誌の調査では、アメリカ政府のイスラエル支援に最も懐疑的なのはZ世代の若者(18~26歳)だった。「アメリカは今すぐイスラエルへの支援をやめるべきだ」という回答が、この年齢層では約16%に上る。ちなみに59歳以上の年齢層では8%にすぎない。

政治評論家や選挙のプロは「若者の投票行動を軽視しがちだ」と言ったのは、首都ワシントンにあるシンクタンク「国際政策センター」のマット・ダス。

「若い世代が投票日に投票所へ行くかどうかを見ているだけではいけない。彼らが選挙戦でどれだけ動き、どれだけの票を掘り起こすか。そこに注目すべきだ」とダスは言う。「そういうボランティア活動を担う人の多くは若者だ」

しかし若者たちの思いは、まだ年長者に届いていない。本誌の10月の調査でも、アメリカは「イスラエルが勝つまで」支援を続けるべきだとの回答が全体の34%を占めた。8月の調査でも33%だった。

支持政党別で見ると、10月の調査ではハリス支持者の27%が「アメリカはイスラエルが勝つまで支援を継続すべき」だと答えている。8月の調査でも、ほぼ同じ割合だった。またトランプ支持者でも、10月時点で45%が同様の見解を支持していた。

しかしハリス支持者の半数近く(44%)は10月時点で、イスラエル支援の「見直し」を求めていた。今すぐ支援をやめるべきだとの回答も12%ほどあった。対するトランプ支持者では「見直し」が28%、「今すぐやめるべき」が14%だった。

マカレスター大学のアンドルー・レイサム教授(国際関係論)は「民主党員は引き裂かれている」と言う。なぜか。そもそも民主党はイスラエルの自衛権を認める一方、その権利を人道的な配慮(早期停戦)や地政学的な事情(戦火の拡大阻止)で制限しようとしているからだ。

また民主党の支持基盤には(アラブ系を含め)親パレスチナの有権者もいるから、彼らの意向を無視できない。「しかし共和党は、イスラエルには自衛のためなら何でもする権利があると平気で言い切れる」と、レイサムは言う。

ガザ戦争が選挙戦の最終盤で争点になるとは思えない、とレイサムは指摘した。しかし、十分すぎるほど両陣営の「差別化に役立ってきた」。

──ブレンダン・コール

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