オードリー・タン(2023年撮影) Ints Kalnins-REUTERS

<努力とは、競争心とは...。世界最高の頭脳とも称されるオードリー・タンですら悩んでいた。その生き方から一般人が学べることは実は多い>

学歴戦争の戦場で勝敗を競う中で、心を病む若者が世界中で増えている。「努力さえすれば成功できる。失敗は努力不足」と彼らは考える。

若き天才と呼ばれ、14歳で学校を辞めたオードリー・タン(唐鳳)だが、彼女もまた「教育システムから離脱したばかりのころは、まだ競争心が残っていた」と振り返る。

そんなオードリーがたどり着いたのは、「ジグソーパズル」的スタンスだった。

働き方から学び方、時間の使い方、心の整え方まで、世界最高の頭脳から人生の質を高める方法を学べる最新作『オードリー・タン 私はこう思考する』より、一部を抜粋・再編集して紹介する(本記事は第2回)。

※第1回:オードリー・タンが語る「独学と孤独」 答案を白紙で提出し、14歳で学校を辞めた天才の思考

◇ ◇ ◇

独学において大切なこととは

台湾の国民中学(台湾の義務教育の一部で、日本の中学校に相当)に入学したオードリーだが、学校教育では彼女の求める学びを十分に得ることはできなかった。しかし当時、教育部(台湾の教育文化政策を担当する官庁)はまだホームスクーリングを正式に認めていなかった。

幸運だったのは、中学2年のときの校長が進歩的な思想の持ち主だったことだ。校長はオードリーに、試験の日には必ず登校すると約束させ、それ以外の日は自宅で学ぶことを許可した。それ以降、ホームスクーリングを通じて徐々に独自の知識体系を築いていくことになる。

若き日のオードリーは、自宅から通いやすい国立政治大学で、哲学分野の講義をたびたび聴講した。

現在、台北医学大学心智意識與脳科学研究所(日本でいう人文社会科学部)の教授を務めるティモシー・ジョセフ・レーンによると、当時わずか16歳だったオードリーは、教室で大学生たちに交じって講義を聞いていても、少しも物怖じする様子はなかったという。

自分の居場所を求めて大学へ行き、哲学からインターネットに関するものまでさまざまな講義を聴講して思想的視野を広げていったオードリーは、この世界に正しい答えを知る者など誰もいない、「誰もが自分にとっての正しい答えをもっていていい」のだと深く悟った。

同時に理解したのは、「問題解決の責任を一個人に負わせない」ことの重要性だ。

能力主義によって競争心が強まった80年代

1981年生まれのオードリーが育った時代は、まさに能力主義とエリート教育への信仰が広がり始めた時代と一致する。

『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』(早川書房)が全世界で注目を集め、当代一の有名哲学者となった、ハーバード大学政治哲学教授のマイケル・サンデルは、2020年のパンデミック期に書いた『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)のなかで、エリート教育が現代社会にもたらす害悪を指摘している。

1980年代にハーバード大学で教え始めたとき、「ハーバード大学に合格できたのは自分が努力した結果であり、運は関係ない」と考える学生が増えていることに気づいたという。

こうした現象はアメリカだけで起きていたわけではなかった。その後、世界各地で講演した際にも、「成功は自分のおかげ」という意識が広がっていることを実感した。多くの人が「努力さえすれば成功できる、失敗の原因はすべて当人の努力不足にある」と考えていたのだ。能力主義によって競争心が強まった学生たちは、「成績ばかりを心配し、知的好奇心を失いそうになっていた」

学歴戦争の戦場で勝敗を競う者たちには、自分は何者かと思考したり、興味の対象への探求を深めたりしている暇はないのだ。

「完全主義」による後遺症

エリート教育には別の弊害もあるとサンデルは指摘する。それは、つねに試験によって選別され、厳しい闘いを強いられてきた学生たちの間に「完璧主義後遺症」が生じることだ。好成績を収めて自分の価値を高めようと努めるあまり、心を病んでしまう。この数十年、世界中で青少年のうつ病が増加の一途を辿っている原因がここにある。

オードリーが小学校でいじめを受けていたときに感じた現実も、まったく同じものだった。誰もが順位を競うばかりで、人生に対する好奇心を失っている。

「教育システムから離脱したばかりのころは、まだ競争心が残っていました」

退学してから大人になるまでの期間について、オードリーはこう振り返る。

当時は「マジック:ザ・ギャザリング」というカードゲームに熱中していた。このゲームで、台湾ランキング1位になったことで、台湾代表として日本での世界大会にも出場し、ベスト8に入っている。その後、こうして競い合うことにも嫌気がさし、ゲームはやめてしまった。

「大人になってから、何をするにも人と比べることはなくなりました。IQ160という数字も、人と比べるためのものではないのです」

自身が喜びを感じるのは、成功して他人に評価されたときではない。さまざまなコミュニティに参加して、仲間と共に一つのテーマを研究し、成果に貢献できた分だけ、自身には価値があると感じられる。そのことを、独学を通して少しずつ悟っていった。

個人ではなく大勢で問題を解決する時代に

私たちがふだん教育について語るとき、「誰かが正しい答えを独占している」と感じがちだ。しかし、私たちが暮らす世界では状況が絶えず変化している。新たに生じた状況は、これまでの知識体系のなかには組み込まれていないため、既知の対処法をそのまま当てはめて処理することはできない。

模範解答も存在せず、検討と議論を重ねて対処していくしかない。私たち一人ひとりが、いわば知識の空白を埋めるジグソーパズルのピースのようなものだ。ジグソーパズルに、自分が1位だとか誰が2位だとかいう競争の概念はない。一つひとつ、つながり合っていくだけだ。

この考え方を知識論に当てはめてみると、私たち一人ひとりの主観や経験こそが、何物にも代えがたい貴重なものだと言える。全員が同じ内容を100パーセント正確に暗記する必要はない。テクノロジーが発展した現代においては、それはコンピューターが代わりにやってくれる。だが、コンピューターには絶えず変化する世の中に対応する能力はない。

「模範解答の暗記」から「ジグソーパズル」への転換は、オードリーが独自の知識体系を築いていくための出発点となった。自らプログラムを組んだサイバースペースに仲間を集めて交流を促すだけでなく、自分自身も積極的に他人が作ったネットコミュニティに参加して「ジグソーパズル」を楽しんだ。

この「問題解決の責任を一個人に負わせない」という学び方には大きな利点がある。新しい壁にぶつかったときに、その重責は自分一人の肩にかかっていて、なんとしても自力で解決しなくてはいけないと考えずにすむ点だ。サンデルが指摘する「完璧主義後遺症」にかかることもない。

私たちの世界では、もはや個人の力だけに頼って問題を解決することなど不可能なのだ。


『オードリー・タン 私はこう思考する』
 オードリー・タン [語り]
 楊倩蓉[取材・執筆]
 藤原由希[翻訳]
 かんき出版

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

オードリー・タン
元台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。台湾初のデジタル大臣、台湾の無任所大使である。1981年、台湾台北市生まれ。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担った。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。台湾の新型コロナウイルス対応では、マスク在庫管理システムを構築、感染拡大防止に大きく寄与した。


鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。