日本被団協がノーベル平和賞を受賞する。  この言葉を歴史に刻まれた事実として書くことができているということが嘘みたいだ。被爆者の人たちがいつかノーベル平和賞をもらうことがあればいいと強く願ってきた。それでも、いざノルウェー・ノーベル委員会の委員長が「ニホンヒダンキョー」と言った瞬間は、当事者でもないのに頭が真っ白になった。

被団協が都内で行った記者会見のあとに被爆者のみなさんと=10月12日

 これまで語り、抗(あらが)い、たたかい、何度も期待をくじかれ、それでもその度にまた立ち上がり、被爆者の救済と核兵器廃絶を訴えてきた被爆者の人たちの姿が次々と浮かんだ。  ノーベル平和賞はゴールではない。それでも報われるというのはこういう時のためにある言葉なのかもしれないと思った。本当にうれしい受賞だ。

◆19歳、たくさんの被爆証言を訳して

 初めて被爆者の人たちと出会った時、私は19歳だった。  被団協の後援を得て行ったピースボートの第1回「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」(2008年)で、私は通訳ボランティアとして103名の被爆者と世界を旅した。4カ月間にわたって寝食をともにしながら、たくさんの被爆証言を訳した。凄惨さに言葉を失いながらも必死に被爆者の言葉をマイクに吹き込む日々だった。

第1回「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」の様子

 自分たちが味わってきた、想像を絶するような苦しみをさらけ出しながら、当時の私が生きてきた年月よりもはるかに長い月日を核廃絶に費やしてきた被爆者の背中を見ながら、社会を変えようとするということの本質を教えてもらった気がした。

◆喜んでばかりはいられない日本

ノーベル平和賞に決まり、記者会見する被団協代表委員の田中熙巳さん=10月12日、東京都千代田区で(安江実撮影)

 被爆者の皆さんのお手伝いをするうちに、いつしか私も、被爆者の希求する核なき世界という未来を一緒に形にしていきたいと願い、行動するようになっていた。そんな風に、被爆者の人たちは「核兵器は使わせないし、いつか必ずなくすのだ」と動く人の輪を確実に広げてきた。だからもう一度言おう。今回の受賞は本当にうれしい。  しかし、喜んでばかりはいられない。被団協が力を注いできたことの一つは被爆者援護の拡大だが、被爆2世や「被爆体験者」は今も被爆者援護法の対象から外れたままだ。  ノーベル平和賞が発表された10月11日の日中、被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員はまさに厚生労働省幹部に被爆者援護の拡充を求める要望書を手渡していた。非核三原則を掲げている日本で、石破首相は米国の核兵器を共同運用する「核共有」に言及している。そのことについて田中さんは受賞決定翌日の記者会見で「怒り心頭」「論外」と言っていた。

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◆光が当たらない被爆者も

 光が当たらなかった側面もある。そのひとつが、被爆者の中に多くの朝鮮半島出身者がいたということ。在韓被爆者や在日コリアン被爆者が、多重の苦しみを味わいながらもさまざまな場面でたたかってきたことは、またしても大きなストーリーの中に覆い隠されてしまった。

ピースボートに乗船経験もある在日コリアン被爆者の李鐘根さんと広島で=2021年

 被団協のノーベル平和賞を受け、次に走り出すべきは私たちだ。私たち、というのは私であり、これを読んでいるみなさん一人一人であり、そしてみなさんの周りにいるすべての人だ。核も戦争もない世界のために、これまで70年にわたってたたかってきた被爆者の人たちの意思を継ぐのは私たち全員だ。それぞれが、自分たちの持ち場で必ずできることがある。

◆核をどう考えるか 私たちの一票にかかっている

 まずは、投票行動から。核抑止をどう考えているか、核共有を議論すべきと言っているか、核兵器禁止条約に賛同しているか、政党によって姿勢は様々だ。核兵器をなくすために日本が前進するか後退するかは、私たちひとりひとりの一票にかかっている。明日の衆議院選挙で、私は核兵器のない世界を着実に進めてくれる人に1票を託したいと思う。

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  ◇  ◇ 〈世界と舫う 畠山澄子〉  「舫(もや)う」とは船と船、船と陸地をつなぎとめること。非政府組織(NGO)のピースボートで、被爆者と世界を回る通称「おりづるプロジェクト」や若者向け教育プログラム「地球大学」などに携わり、船に乗って人々がつながる手助けをしてきた畠山澄子さんが、活動を通じて深めた見聞をもとに、日々の思いをつづります。

 畠山澄子(はたけやま・すみこ) 埼玉県生まれ。国際交流NGOピースボートの共同代表。ペンシルベニア大学大学院博士課程修了(科学技術史)。専門は核のグローバル史、科学技術と社会論。



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