批判、疑問視、見直し提言…研究者たちが学会で「臨時情報」の問題点を指摘
近い将来の発生が懸念され、最悪の場合、東日本大震災を一桁上回る規模の甚大な被害が想定される南海トラフ巨大地震。2024年8月8日に想定震源域内の日向灘でマグニチュード7.1の地震が発生したことをきっかけに、気象庁から「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」と「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が、いずれも初めて発表された。
国が「大規模地震の発生可能性が平常時よりも相対的に高まっている」として「日頃からの地震の備えの再確認」を呼びかけた一連の過程で、戸惑いや疑念、不安を覚えた人々が一定数いた。一方、地震や防災の専門家たちは、ほぼ定められた手順どおりに発表されたとはいえ、初の「南海トラフ地震臨時情報」(以下、「臨時情報」)をどう受け止めたのか。
10月21日~23日に新潟市で開催された日本地震学会の2024年度秋季大会で、複数の研究者が「臨時情報」や発表のしくみなどについて批判し、疑問を投げかけ、見直しを求めた。それらの内容について報告する。
地震学の権威が痛烈な“ダメ出し”「科学的根拠と制度設計に問題あり」
石橋克彦・神戸大学名誉教授
「あえて批判的な考えを述べさせていただきます。まず、今回の臨時情報は科学的根拠が乏しく確度が低いと思います」
発表の冒頭、「臨時情報」をそうバッサリ切り捨てたのは、地震学の権威として知られる神戸大学名誉教授の石橋克彦氏だ。石橋氏は10月22日、「2024年8月8日に発表された南海トラフ地震臨時情報の問題点」と題した発表を行い、おもに科学的根拠と制度設計の2つの面から「臨時情報」を批判した。このうち科学的根拠が乏しいとする理由について、以下の4つの観点を挙げた。
科学的根拠に乏しい4つの理由
1)「臨時情報」が発表されるきっかけとなった、8月8日午後4時42分に発生した日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震は南海トラフ地震の想定震源域の中で最も南西の縁に当たる部分で起きたが、地震や地学のデータから総合的に考えて、そもそも想定震源域が南西方向に広すぎる可能性がある。
2)日向灘ではマグニチュード7級の地震が約30年間隔で繰り返し発生している。対照的に南海トラフのプレート境界の地震活動は普段は非常に静穏で、日向灘の地震と南海トラフ地震とでは地震の起きるパターンが異なるのではないか。少なくとも17世紀以降、日向灘を震源とする地震が南海トラフ地震に先行して発生した事実は確認されていない。
3)「臨時情報(巨大地震注意)」で巨大地震発生の可能性が平常時と比較して高まったとする根拠に、南海トラフ地震の特性を考慮せず、世界で発生した地震の統計データ(1,437分の6の発生確率)をそのまま機械的に当てはめているのは意味がない。
4)最初の地震が想定震源域内のどこで起きたかは大事なポイントだが、日向灘で8月8日に発生した地震が、想定震源域にどのような影響を与える可能性があるのかについての解釈や説明がされていない。
大震法の“亡霊”に引きずられた制度設計
石橋氏はまた、制度設計にも不備があったために一部で過剰と思える反応を引き起こしたと指摘した。
石橋克彦・神戸大学名誉教授
「(「臨時情報」のしくみは)どうも大震法、大規模地震対策特別措置法の発想を引きずっている感があります」
大震法は、東海地震を念頭に地震の予知が可能との前提で1978年6月に成立した法律で、気象庁が東海地震の発生を予知した場合に内閣総理大臣が警戒宣言を発令し特別な防災対応をとることなどが定められている。そして、この大震法が制定されるきっかけとなったのが、1976年に石橋氏(当時は東京大学理学部助手)が唱えた「駿河湾地震説」(後の「東海地震説」)だった。その後、「予知は可能」を前提とする防災対応が長く続いたが、東日本大震災を機に見直す気運が高まり、政府は2017年、防災対応の前提を「予知は不可能」へと180度転換し、警戒宣言も事実上廃止された。
ところが、石橋氏は言う。「大震法の“亡霊”がある」と。
石橋克彦・神戸大学名誉教授
「臨時情報体制はある種の短期的な地震発生予測みたいなものが可能だという前提で、臨時情報が発表されて内閣府の呼びかけで国民が一斉に防災行動を起こす。つまり何かのトリガーというかスイッチが入ると防災対応が始まるという、その大きな図式は(大震法を)踏襲しているわけです」
大震法の否定から始まったはずの新たな防災対応が、皮肉にも大震法をもとにした防災対応とよく似た構造になっているというのだ。大震法の発想に今なお影響されている現状について、石橋氏は「地震発生の予測が可能だ」との誤解が社会に広がるおそれがあるとの懸念を示し、南海トラフ巨大地震は「不意打ちで起きる可能性の方が高い」と強調する。だからこそ、地震は突然発生するとの前提で「社会を地震に対して強くすることが根本的に大事だ」とも。
「臨時情報」の見直しは不可欠
石橋克彦・神戸大学名誉教授
「(臨時情報の)科学的根拠と制度設計、これは車の両輪で非常に大事なものだけれども、今回は残念ながら両方ともに問題があったということです」
初の「南海トラフ地震臨時情報」の発表に痛烈な“ダメ出し”をした石橋氏。今後に向けては、はじめに想定震源域の見直しを行った上で、大震法の廃止とともに「臨時情報」の再検討が必要だとの考えを示した。
余談だが、実は石橋氏は、地震研究者としては南海トラフ地震評価検討会会長の平田直氏(東京大学名誉教授)の先輩にあたる。平田氏によれば、東京大学理学部4年生のときに地震観測の手法を、当時助手だった石橋氏から教わったという。
奇しくも22日の石橋氏の発表前には平田氏も同じセッションで招待講演を行っていた。もし質疑応答や討論の時間が十分にあれば、“師弟対決”が実現したかもしれない。
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