重い自閉症と知的障害がある画家・太田宏介さん(43)の作品が、この秋TBS系列で放送中のドラマに採用された。

宏介さんの兄・信介さん(50)は「弟の絵がドラマに登場するなんて夢のようです」と驚きを隠せない。

子供時代「絵に関心がなかった」画家は、どのようにして才能を開花させたのか。

金曜ドラマ「ライオンの隠れ家」

ドラマ第1話に登場した作品

4頭のライオンが絵の中からまっすぐにこちら側を見ているーキリマンジャロを背景に何度も色を重ねて仕上げられた1枚の油絵。

TBS系列で10月11日にスタートした金曜ドラマ「ライオンの隠れ家」の第1話に登場した。

「ライオンの隠れ家」は、完全オリジナル脚本のヒューマンサスペンス。俳優・柳楽優弥が演じる”弟のために生きる兄”洸人(ひろと)と、坂東龍汰が演じる”自閉スペクトラム症の弟”みっくんこと美路人(みちと)。ふたりの前に、「ライオン」と名乗る謎の男の子が突然現れたことをきっかけに兄弟は”ある事件”に巻き込まれていく--誰が子どもを預けたのか・・・目的は何なのか・・・慣れない子どもとの共同生活の中で真相を追いかけていく、というストーリーだ。

冒頭の絵画は、自閉症スペクトラム症の弟が描いた作品としてドラマに登場したが、実際に製作したのは、福岡県在住の画家・太田宏介さん(43)。

実は太田宏介さんも、みっくん同様、自閉症だ。加えて知的障害がある。ドラマの制作スタッフから「親子のライオンを描いてほしい」というオーダーを受け、約2か月かけて仕上げた大作だ。

ドラマの放送当日、宏介さんと兄・信介さんが画面を見守った。ライオンの絵が登場した瞬間、「おー、出た出た」と歓声が上がり、宏介さんも嬉しそうな表情を浮かべた。

意外性のある色彩と大胆な構図 100万円の値がつく作品も

ライオンの絵画だけではない。ドラマの中のみっくんの部屋には、太田宏介さんの作品が所狭しと飾られている。

「北海道の動物たち」
「ガラパゴス」

紫色の枝に止まる白いフクロウや、黄緑色の巨大イグアナなど、意外性のある色彩と大胆な構図が特徴の宏介さんの作品。大型の作品には100万円の値が付くこともある。

太田信介さん(左)と弟・宏介さん

宏介さんは2012年、兄の太田信介さん(50)と一緒に、アートビジネスを起業した。親亡き後の経済的自立を目指してのことだったが、今では年に6回の個展を開くほど人気の画家になった。

3歳で「自閉症」と診断された

1981年6月に誕生した宏介さん。3歳児検診で、自閉症と知的障がいがあることが分かり、療育施設「コスモス学園」(当時)に通うことになった。

粘土遊びが得意

母 太田愛子さん(75)「初日に園長先生から『とにかく子供を褒めて認めて、受け入れて下さい。子どもは物凄く敏感です。注意されたことで、自分はダメだーと殻に閉じこもってしまうんです。全てを受け入れてやさしい言葉で接してあげてください』と言われました。学園で教えてもらった粘土遊びが気に入って、3時間でも4時間でも一人黙々と粘土遊びに集中するような子供でした。粘土遊びの手つきが良くて『この子、器用なんだ』と思ったんですよ。上の子2人はとても不器用で絵なんか描きませんし…(笑)。でも宏介の手先を見た時に『こんなに器用なら何かできることないのかな?』と考えたんです。」

一方で、急に大声を出して走り出したり、極端な偏食だったりと、自閉症特有の行動には悩まされていた。

そうした中、「宏介が何かできるようになれば…」と一縷の望みをかけて訪れたのが隣町に出来たばかりの「松澤造形教室」だった。

母 太田愛子さん「教室を主宰する松澤佐和子先生からは最初、『障がいのあるお子さんを見させてもらったことはないから無理です』と断られました。でも先生にお会いした時『絶対この人だ』と直感し、逢うだけでも…と宏介を教室に連れて行きました。どうかおとなしくしていてくれますようにと心の中で祈っていましたが、靴を脱いだ途端パーッとリビングに入り、テーブルやピアノの上をぴょんぴょん跳ね回りましてね。もうだめだ…と思っていたら先生が『お母さん、明日からどうぞいらしてください』と仰ったんです。」

松澤佐和子さんによると、初めて教室に来た宏介さんは、窓ガラスにレースのカーテンがなびいているのを見て「わー、綺麗」と呟いた。その様子を見て、宏介さんに感性の豊かさを感じ、指導を引き受けたという。

しかし母・愛子さんによると、当時の宏介さんはある現象を見て何か言葉を発することなど全くなかったという。松澤さんにはそう聞えたのか、天の声だったのか。ともかく宏介さんは10歳になる直前に、絵を習い始めた。

チューリップを描けるようになるまで3年かかった

宏介さんとの付き合いが30年を超えた松澤さん。教室に来たばかりの頃は全く意思の疎通が出来ず、5分と椅子に座ることがなかった。

宏介さんは粘土は好きだが、絵に興味がなかったのだ。まずは、好きな粘土細工に絵の具を塗ることから始め、続いてクレヨンでの線描きを教えた。3年後、ようやくチューリップの花を、見ながら描けるようになった。

絵の師匠 松澤佐和子さん「宏介さんは、ものを見て描くことが当時は出来なかったんですよ。チューリップも『英語で言うとUみたいな形だよね』と簡単な形に例えて説明していきました。宏介さんにもインプットされていくので、複雑に見える花もシンプルな形から入っていくことで、本質的なものが捉えられるようになったんです。それでチューリップがやっと描けるようになって、チューリップ掛けるのにどれだけかかっただろう。見て描けるのになるまでに3年ぐらいかかりました。」

宏介さんには独自の色彩感覚があると話す。

絵の師匠 松澤佐和子さん「線が面白いんですよね、宏介さんの場合。そして独自の色彩感覚があるので、こういう所は絶対つぶさないようにしなきゃ、と思いました。自分が教えたいことを押し付けるのではなく、彼が持っている本来の才能を壊さない様に指導しました。」

草間彌生さんの隣に作品が展示された

草間彌生さんの作品の横に飾られた「ワタリガニ」(2002年)

転機は、2002年、宏介さん21歳の時に訪れた。

福岡市美術館で開催された「ナイーブな絵画展」に、宏介さんの水彩画「ワタリガニ」が、岡本太郎、山下清ら巨匠の絵画と共に展示されたのだ。

絵の師匠 松澤佐和子さん「福岡市美術館の館長が宏介さんの絵を高く評価してくださり『いっしょに出品しませんか』と声をかけてもらいました。展示作品「ワタリガニ」は本物のワタリガニを仕入れてきて、宏介さんに描いてもらったものです。すると実物とは全く違う色が出てくるんですよね。『わー、面白いな、この子凄いなあ』と思い、館長にお見せしたら、『素晴らしい』と。『草間彌生さんのお隣に並べたっておかしくないよ。独自の境地を切り開いている』と言われて。有難かったです。」

実際、宏介さんの「ワタリガニ」は、草間彌生の作品の隣に展示された。

宏介さんの兄・信介さんは、こう振り返る。

兄 太田信介さん「同年に紺綬褒章を授与された草間彌生さんの作品が展示されている所は黒山の人だかりでした。その大勢の人々が宏介のワタリガニを見て『これも良いね』と口々に褒めていたんです。その時に、弟は本当に画家になるかもしれない…と思いましたね」

作品ができるまで宏介ワールドをつくる4段階

宏介さんの作品は、主に4段階の工程で製作される。

1 まず、下地としてアクリル絵の具でモザイクなど色とりどりの模様を描く。

2 その上に、水性ペンで動物などの輪郭を描く。

3 続いて色塗りだ。一度塗った上から別の色を重ねることも。

4 最後に好きな色の絵の具で縁取りをし、宏介ワールドが完成する。

大きな作品の場合、3か月ほどかけて仕上げていく。

「絵を売りましょう」「まさか」と聞き返した母

母・愛子さんと父・實さん

母 太田愛子さん「松澤先生から、絵を売りましょうと言われたんです。まさかと思って聞き返したら『お母さん、絵を家に置いて廊下に飾っておくだけではなく、作品がお嫁に行き、人様に見て頂くことで宏介さんのことが広がっていくんです。宏介さんは”障がい者の夢前案内人”になると思うから、是非売ってください』と説得されました」

宏介さんの父・實さんは個展の開催に反対した。愛子さんの友人がお付き合いで買ってくれるだけだろうと思っていたのだ。

しかし47点の作品に9000円から50000円の値を付けて個展を開催したところ、知人以外の人も多く訪れ、9割の作品が売れた。

父・實さんは「宏介の絵を、お母さんの友達でもない見ず知らずの人がそんなに感じてくれたんだ」と驚き、以来69歳で亡くなるまで個展の開催に積極的に携わった。その後、兄の信介さんが、より大きな事業へと成長させていく。

暴れる弟が恥ずかしい…弟から離れたいと思っていた兄

兄・太田信介さんは2012年、勤めていた会社を辞めて弟と共に起業し、2022年「ギャラリー宏介」として法人化した。弟が絵を描き、兄が販売する。

個展に訪れた人に、宏介さんに代わって絵を解説するのも兄の信介さんだ。個展のために2人で出かけた先での食事は、宏介さんの好みに合わせる。

兄 太田信介さん「宏介はお酒もたばこもやりませんから、好きなものくらい食べさせてやりたいんです。普段は母が栄養面に配慮した手料理を食べさせているので。」

兄との食事が楽しみな宏介さん

公私ともにバディーを組む、仲の良い兄弟。しかし、信介さんは弟の存在を長い間”隠して”いた時期があった

兄 太田信介さん「人に言ってどう思われるのが怖かったのだと思います。みんなでいる時に『弟に障害があってさー』と言って、チーンとなったらどうしようとか。女性とのお付き合いでも『弟のせいで振られたらどうしよう』とか考えていました。今では『モテないのは自分に原因がある』など言えるんですが若い頃は『弟のせいで何もかもうまくいかない』など責任転嫁するような勘違いもありましたね」

弟の絵には邪気がない「うまく描こう、失敗したらどうしよう、とか考えない」

信介さんが大学生の頃

心境に変化が起きたのは、大学卒業後のサラリーマン時代。

兄 太田信介さん「サラリーマン時代に管理職をしていたころ、売り上げや人間関係で凄いプレッシャーを受けて帰宅した時に、弟の作品を見ると癒されたんですよ。絵を通じて『小っちゃいことは気にしなくていいよ』と言われている気がしたんですね。弟の作品って邪気がないんです。うまく描こうとか、失敗したらどうしようとかそういうことを考えていないからダイナミックだし、人に元気や勇気を与えると思うんです。一方、自分は人の目を気にしてばかりで邪気だらけだったと思うんですよ。自然と涙が出た時に、『弟の絵ってこういう風な感情にさせるんだな」と初めて分かって『絵を世の中の人に伝えていきたいな』と思えたんです。絵を通じて弟が僕を励ましてくれているような気もしました」

宏介さん一日のルーティーン

ドラマの第1話では、自閉スペクトラム症の弟・みっくんが、兄の迎えが約束の時間からほんのちょっと遅れただけでも抗議する様子が描かれていた。

ドラマを観ていた兄・信介さんは「うちの宏介も全く同じです。(笑)ドラマでみっくんがコップに牛乳をなみなみ注いだりするなど、よく自閉症の方の行動を研究されているなと思いますね。」と話した。

ドラマのみっくん同様、宏介さんの行動もルーティーン化されている。

午前7時30分ベッドメイキング、着替えをすませて自室から出てくると、父・實さんの仏壇に線香をあげ手を合わせる。

洗濯機を回し、洗濯の間に風呂の浴槽を磨いたらエアロバイク(フィットネスバイク)を20分間こぐ。

洗濯が終わると竿に干す。雨の日は風呂場に。ちなみに洗濯物の8割は宏介さんのタオル。宏介さんは1回使うと乾いたタオルに交換するため、大量の洗濯物が発生する。

美顔器で2分ほど肌の手入れをして8時10分ごろ朝食。

メニューは何十年と「具だくさん味噌汁」と「フルーツ」。肥満気味のため、母・愛子さんから万年ダイエットするように指示されている。自閉症の人に多い極端な偏食があったが、子どもの頃から母のしつけで改善され魚以外は食べられるようになった。

宏介さんを見送る母

週に4日は、福祉作業所で絵を描く。(午前9時~午後3時ごろ)

週に2日は、自宅や絵の先生の教室で創作活動。(午前9時~正午ごろ)

この2日は、午後から九州最大の商業地・天神にお出かけ。好きなラーメン店やカレー屋さんで食事し、DVDやゲームソフトを買うこともある。そして月に一度は、美容室へ。

洗濯は宏介さんの役目

午後4時頃、出先から帰宅するとまずは手洗い&うがい。その後、洗濯物を取り込んで畳んで棚の中へ。

月曜日以外は毎日、バスで地元の市民プールに行き2時間泳ぐ。

午後9時ごろ帰宅し夕食。メニューは決まっている。2杯のごはんに大好きな肉とふりかけ、納豆。肉は最後までとっておき、味わう。

午後11時頃に就寝。夜は大型の作品は描かずグッズ用のイラストを仕上げる程度だ。

親亡きあとのこと 母は「お願いね、という気はない」

母・愛子さんは宏介さんが出かける姿を祈るように見送る。

母 太田愛子さん「宏介が、今日も良い人に出会えますようにって思っています。宏介のことを理解出来る人が、近くにいてくれますように・・・と」

母・愛子さんの最大の心配は、親亡きあとのこと。ただ、きょうだいに、宏介さんの面倒を見てもらおうとは思っていない。

母 太田愛子さん「宏介が自分の事は自分で出来るように慣れさせています。ルーティンじゃないとやれないというところから、ちょっとはみ出そうが違う事になろうが大丈夫な宏介になってもらいたいです。だからわざと、用意すると言っていた食事の準備をせずに納得させるように訓練しています。『ごめんねー今日はお母さん、用意が出来なかった』というと『大丈夫です。今から弁当を買いに行きます』と、徐々にパニックにならずにすむようになってきました。ストック食品をちゃんと自分で作って食べたこともあります。私は命ある限り、宏介が自分でやれるよう教えていきたいと思っているんですよね。兄の信介が面倒見てくれるから「お願いね」という気はないです。彼の人生だから。」

「弟のすべてを面倒見ようとは思っていない」

兄の信介さんは、障がい者のきょうだいたちで構成する「全国きょうだい会」の事務局長を務めている。

仲間と悩みを共有し福祉サービスの情報などを共有するうち、一緒に暮らさずとも見守ることはできる、と考えるようになった。

兄 太田信介さん「きょうだいでも、好きで面倒を見たいという方はそれでいいと思うんですけど、自分の配偶者や子供がどう思うのか、きょうだいよりも僕はそこを一番に考えるべきと思います。自分が何もかも責任を持たないといけない、自分が面倒見ないと!と考えると生きづらさだけが残ると思う。きょうだいの会をやっていると、先輩方もいらっしゃって、福祉サービスの利用の仕方なども知ることが出来るんです。全て自分で背負う必要はない…と気付くので、そういう部分じゃ悩みも軽減できています。弟のすべてを自分で面倒見ようとは思ってはないですね」

柳楽優弥さん演じる洸人に「僕はあんなに優しくないです(笑)」

ドラマの第1話を視聴後、兄の太田信介さんは、こう話した。

兄 太田信介さん「自閉スペクトラム症の方のしぐさなどよく研究されているな、と感心しました。全国放送のドラマで障がい者を取り上げることで、障がいに知識のない人にも知ってもらえる、知ることによって障がい者に対するマイナスの思い込みが少なくなるのではないでしょうか。それと柳楽さん演じるお兄さん・洸人は優しいですよね。弟の送り迎えもするし料理も作ったり、人生を弟に捧げている。僕はあんなに宏介に優しくないです。(笑)今後、様々な展開が期待されますが、個人的には洸人には理解してくれる恋人が現れるとか、幸せになってほしい。『きょうだい会』には恋愛や結婚に悩む若者が大勢やって来ますので、彼らの希望になってくれたら…なんて思っていますね。」

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